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豆腐ようイメージ
小皿にのっている四角くてピンク色のものが豆腐ようです!
豆腐ようってどんなもの?

沖縄独特の豆腐加工食品。逸品を作るには熟練を要します。製法としては、木綿豆腐を米麹・紅麹・泡盛を用いた特殊の漬け汁に漬け込んで約六ヶ月間熟成・発酵させます。紅の色は紅麹を用い、風味を出す効果と防腐作用もあります。 甘味があり、組織が滑らかでチーズに似た舌触りと、ウニのような風味を併せもつ嗜好品です。
歴史知名士による豆腐よう評

渡嘉敷通寛 親雲上
『豆腐ようは香ばしく美にして胃気を開き食を甘美ならせむ、諸病に良し』
※渡嘉敷通寛(1794〜1849):若くして中国に渡り、北京大医院で学ぶ。帰琉後は王府勤めとなり、王の侍医を努める。医学書「御膳本草」(1832)の中で上記の言葉を著す。
尚順男爵
『豆腐ようはフランスの“チーズ”、ロシアの“キャビア”、日本の“ウニ”にも匹敵し得るもので、世界的唯一とまでは行かざるも主位に列なる珍味ということは十分に云える』
※尚順男爵(1873〜1945):尚泰王の四男として生まれる。貴族院議員を務め、県内政局にも指導力を発揮し、政財界を通じて活躍した。
東恩納寛惇
『おもろ・紅型・豆腐ようは沖縄の三大文化である・・・円熟した豆腐ようの醍醐味は天下一品といっても過言ではない』
※東恩納寛惇(1882〜1963):東京帝大にて国史学を学ぶ。卒業後は高校、大学等で教鞭を執る傍ら、琉球史の研究に力を注ぐ。
豆腐ようの歴史

ルーツ中国の魏朝より1400年の歴史をもつ豆腐乳(乳腐)にあると言われているが、これは味・香りともに大きく異なる。中国の豆腐ようは塩辛く、味の点では沖縄の方がはるかに勝っていると言われている。
伝来琉球と中国の交易が盛んであった18〜19世紀の初めにかけて伝わったと考えられている。当時は王族や一部の上流貴族の家で門外不出の秘伝とされ、滋養食・副食物として珍重・賞味されていたため、豆腐ように関する記録は少ない。また、英国の見聞録から、来琉した国賓を王府でもてなす際にも、琉球料理とともに出されていたと想像される。
伝授大和世に入り、琉球文化が破壊され
ている中で、豆腐ようの製法は守り
伝えられた。大正時代に入ってからは、殿内
や首里・那覇の上流階級で、茶受けや、酒の
肴として喜ばれていたことが知られている。戦
後は家伝も途絶えがちになり、その製法を守り
伝えている家は少なくなっていた。沖縄で豆腐
ようが大量生産され、一般的に食されるように
なったのは最近のことである。


一度にたくさん食べるのではなく小皿に一粒ぐらい盛り付けるのが適当。つまようじの先で米粒大にそいで舌先にのせ、少しづつ味わうのが美味しい。
豆腐ようイメージ